正月十五日 (弁内侍日記) 現代語訳

十五日、~

十五日、頭中将為氏参りたりしを、かまへて謀りて打つべきよし、仰せ言ありしかば、殿上に候ふを、少将内侍、「見参せん」と言はすれど、心得て、おほかたたびたびになりて、こなたざまへ参る音す。人々、杖持ちて用意するほど、何とかしつらん、御簾をちとはたらかすやうに、ちと見えし、かへりて少将内侍打たれぬ。ねたきこと限りなし。

十五日、頭中将為氏が参上したのを、必ず計画して(為氏の尻を)打つべき旨、仰せ事があったので、(為氏が)殿上の間にお控えするときに、少将内侍が、「お会いしよう」と(使いに)言わせるが、(為氏は、少将内侍が何かたくらんでいるのを)理解して、(誘いが)ほとんど度々になって(ようやく)、こちら側へ参上する音がする。女房たちが、杖を持って用意するあいだ、どのようにしたのだろうか、御簾を少し動かすように、少し姿が見えたとき、かえって少将内侍が打たれた。しゃくにさわることこのうえない。

十八日よりは、~

十八日よりは、内裏にはただ御所の様とて、打つべきよし仰せ言ありしに、十六日に三毬杖焼かれしに、誰々も参りしかども、頭中将ばかり長橋へも昇らで出でけり。いかにもかなはでやみぬべかりしに、十七日、雪いみじく降りたる朝、鳥羽殿へ院の御幸なりて、この御所の女房、参るべきよしありしかば、一つ車に勾当・少将・弁・伊予・侍従・四条大納言、乗り具して参りたりし、狭さ限りなし。衣の袖、袴の裾も、ただ前板にこぼれ乗りたり。道すがらの雪、今も降るめり。いとおもしろし。

十八日からは、宮中は通常の御所のようになるといって、(それまでに為氏の尻を)打つべき旨の仰せ事があったところ、十七日に三毬杖が焼かれたので【陰陽師が短冊や扇を焼く行事があったので】、誰もが参上したが、頭中将だけは長橋【清涼殿に渡る廊下】へも昇らずに出て行った。どうやっても(為氏の尻を叩くのは)かなわずに終わってしまいそうだったとき、十七日、雪がたいそう降っている朝、鳥羽殿へ院の御幸があって、この御所の女房が、参上すべきことがあったので、一つの車に、勾当・少将・弁・伊予・侍従・四条大納言が、乗り連れて参上した、(その車の中の)狭さはこのうえない。衣の袖や、袴の裾も、前板にこぼれ落ちたまま乗った。道中の雪は、今も降るようだ。たいそう趣きがある。

鳥羽殿の景気、~

鳥羽殿の景気、山の梢ども、汀の雪、言ひつくすべからず。為氏打ちかねたることを聞かせおはしましたりけるにや、御所に、杖を御懐に入れて持ちて渡らせおはしまして、「これにて為氏今日打ち返せ。ただ今使ひにやらんずるを、ここにて待ちまうけて、かまへて打て」と仰せ言あり。少将内侍、用意して待つほど、思ひも入れず通るを、杖のくたくたと折るるほどに打ちたれば、御所をはじめ参らせて、公卿殿上人、とよみをなして笑ふ。「さもぞ憎う、持にせさせ給ふ」とて逃げ退きしもをかし。その後、北殿へ御船寄せて召すほどの晴れ晴れしさ、限りなし。入相打ちて後、還御なる。

鳥羽殿の景色は、山の梢や、汀の雪など、言いつくすことができない。為氏を打ちそこなったことをお聞きになったのであろうか、院は、杖を御懐に入れて持ってお渡りになって、「これで為氏を今日打ち返せ。ただ今(為氏を呼ぶ)使いを送るから、ここで待ちかまえて、必ず打て」という仰せ事がある。少将内侍が、用意して待つうちに、(為氏が)警戒心もなく通るところを、杖がくたくたに折れるほどに打ったので、院をはじめ申し上げて、公卿殿上人、どよめいて笑う。「これはしゃくにさわる。引き分けにしなさる」と言って逃げ退いたのもおもしろい。その後、北殿へ御船を寄せてお乗りになるときの晴れ晴れしさは、このうえない。入相(の鐘)を打った後、(院は)お帰りになる。

ただかやうの御遊びばかりにてやみぬるも口惜しくて、~

ただかやうの御遊びばかりにてやみぬるも口惜しくて、御車に召すほど、御太刀の緒に結びつくる、少将内侍、

あらましの年を重ねて白雪の世にふる道は今日ぞうれしき

ただこのような御遊びだけで(御幸が)終わってしまうのも残念で、御車に(院が)お乗りになるとき、御太刀の緒に結びつける(歌)、少将内侍、

こうであるとよいという年を重ねて、白雪が降る道、この世で生きていく道を、今日うれしく思う

還御の後、~

還御の後、御夜にならんとて、御枕に御太刀置きたりける折、御覧じ付けてぞ、御返し侍りし。白き薄様に、

あらましの 年積りぬる 雪なれど 心とけても 今日ぞおぼえぬ

お帰りになった後、(院が)おやすみになるということで、枕元に御太刀を置いていた時、(院は少将内侍の付けた歌を)ご覧になって、御返歌がございました。白い薄様に、

こうであるとよいという年月が積もった(今日の)雪であったが、心がとけた【気持ちが晴れた】とは今日は思わない

「こういう雪見がしたいなあと長年思ってきた雪見ができたけれども、今日の雪見だけで積もり積もった気持ちが解消したわけではないよ」という感じの歌ですね。

ああ~。

少将内侍の「尻打ちのお遊びも楽しかったけれど、それだけじゃなくて歌会がしたかったな」という気持ちをくみとって、院は「今日だけで満足していないから、また行こうね」っていう気持ちを歌にしたんだろうね。